REM - ! - 雪1蛇毒




◇蛇使いさんと毒使いさん◇



「雪………雪……」

「……噛んで欲しいんだ」

 なんとなく1号の声は耳に入りつつも無視していたが、最後のひとことで雪は振り返った。

「また唐突だな」

 1号は時折、雪の意表を突く問題発言をする。
 雪は雪でいい加減それに慣れてきているので、とりあえずは対応をしようと試みる。

「1号をか?」

「ああ」

「…………………………
 で、どこを噛まれたいんだって」

「この辺りを」

 1号は自らの首筋をそろりと撫でてみせる。

「そこは、跡が残って目立つぜ」

「でも、肩でも腕でもどこでも同じだと思う」

「それはおまえがいつも上半身晒してるからだろ
 別に人の服装にとやかく言うつもりはないけどな
 っていってもなぁ、残るは足か?」

「いや、足よりやっぱりここがいい
 一番ききそうだから
 跡はすぐ消えて治るから、頼む」

「頼む、か」

 一呼吸おいて雪はこたえた。

「解った」

 雪は1号の肩に手をおき、首元へ顔を近づける。
 そのまま軽く口を開き、請われた場所へ歯を立てた。

 その途端、1号は雪の腕をとんとんと叩く。

「雪、違う」

「は? 場所か?」

「雪じゃない
 オレが欲しいのは毒だ」

 口を離し、雪は訝しげな顔で問い直す。

「毒って、なんの話だ?」

「カピとバラ、どっちだったか、毒蛇なのって?」

「???
 噛むに毒に蛇……」

 思い当たり、何かが腑に落ちないが結果的に失態を晒した事に気付き、雪は怒鳴り声を上げた。

「バカ野郎っっ!!!
 紛らわしい、いや言い方がおかしい、明らかに間違ってる
 蛇なら蛇って言えよ!!」

「さっきそう言わなかったか?」

「いつ言った?!
 聞いてねえよ!! ったく…
 物事は順序立てて言え、ほらちゃんと説明してみろよ!」

「毒使いになってから、毒が身体に入ると気持ちよくて
 抜けるとつらいくらいで
 欲しくてしょうがないんだ」

「だったら技使って自分に毒掛けてりゃいいだろ」

「それが出来ないんだ…能力が足りなくて」

「1号、おまえ未だにMP0なのか?!
 もっと考えて転職するとか鍛えて能力上げるとかしろ
 計画性も何もあったもんじゃない!!」

「性に合う感じがしたんだ」

「大体なんだ?
 欲しくてしょうがないだなんておまえは中毒かよ!」

「そういうものなのか」

「つまりこうか、毒で気持ちよくなりたいから俺の蛇に噛ませろって…
 ハハハハハ」

ひとしきり声を上げて笑いながらも、雪の目は完全に据わっていた。

「……いいだろう
 カピ、バラ、今日は思う存分こいつに噛みついていいぞ
 徹底的にやれ!!」

 解き放たれた蛇2匹は、1号の身体を這い昇る。

「雪、毒の方だけでいい」

「遠慮するな、すぐに跡が消えるから構わないんだろう?」

 蛇達の牙が1号の皮膚を食い破り、いくつかの小さな穴が穿たれる。

「あ、雪、入ってくる…」

「ハハハ…嬉しいか!
 好きなだけ楽しんでろよ
 見ててやるから」

「めまいが…きた
 はぁ………………雪……」

 直接体内に打ち込まれると毒がそれほどに効くのか、雪の言う通り、雪の目の前で、1号の表情は驚くほど即座に恍惚としたものへと変わっていく。
 ダンジョンの泉や敵の術で毒に犯された時の状態と比べてあまりにも違う。

「……少し噛まれ過ぎて、痛いけど
 気持ちいい……………
 雪……ありがとう」

 痺れた四肢を弛緩させて、蛇に絡みつかれたまま満ち足りた表情で、1号は言葉とも嘆息ともつかない声を漏らし続けた。





 しばらく1号の常ならぬ様子を見ていた雪の顔からは意地の悪い笑みが消え、いつのまにか茫然としたまま固まっていた。

 ふと、動く事を思い出したかのようにかぶりを振って、ようやく口を開く。

「1号、感想はともかくとしてだ
 その合間に…、……」

 なんとも歯切れ悪く言葉を続け、とうとう雪は1号から微妙に目をそらした。

「頼むから、いちいち俺の名前を口にするのはやめてくれ」

 1号の目に映る雪の顔はほのかに紅みを帯び、
 そんな雪は一体何が悪かったのか、何を誤ったのかと空しい問いを心中で繰り返し続けた。