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「経る雪」(フルユキ)



−1号−

あの後、雪は荒々しくオレを抱いた。
それまでの受け身な、俺にされるがままの態度から一変して
繋がった後はいつもの強気で攻撃的な雪だった。
雪のペースだったんだと思う。
でも意外なことに、雪はオレを抱きながら、オレのことを手で刺激して吐精させた。
オレのことは別にかまわなかったのに、それなのに。
終わってからすぐに、ひどく興奮したことと慣れない行為による疲労で、オレは眠りに落ちた。

それからも何度か雪と繋がることがあったが、ある時に気がついた。
雪はいつも、目を瞑っている。
繋がっている時にふと目が合うと、雪は慌てたようにぎゅっと目を瞑ってしまう。眉間に皺がよるほどに。
でも熱くなっているものだから、すぐにまぶたは緩んでくる。それでも雪は目を見開かない。ちゃんとオレを見てくれていないように感じる。

だから、オレは言った。

「雪、目を開けろ」

「バカヤロウ、命令すんな!」

「目を開けてくれ」

雪の頬に手を添えて促すと、渋々と瞼を上げた。

「いま雪と繋がってるのはオレだ」

「……チッ…………わかってるよ」

「いま雪が抱いて熱くなってるのはオレなんだ」

「うるさい!」

「雪、オレの名前を読んでくれ」

「はぁ? 何をいまさら」

「今が良いんだ、雪に呼んで欲しい」

雪が目を逸らして顔を背けようとしたので、両手でこちらを向かせて真っ直ぐに目を見つめる。
オレが折れないと判ったのか、イヤな顔をしながらも口を開いてくれた。

「い……ち……ご………………」

その声を聞いた直後に雪は一瞬だけ、怒りの表情と泣きそうな表情が混ざった顔を見せたが、すぐに熱に呑まれていった。





−雪−

向かい合って繋がってる時が特にヒドイ。
キスしまくってる。
俺は何をやってるんだと、いつも少し後悔する。

いくら見ないようにしたって、声を出さないよう堪えたって、意味が無いんだ。
体も、声も、力も、体温も、兄さんと違う。
匂いだって。
兄さんみたいに、俺と似てる匂いじゃない。
唯一同じなのは、体に染み着いて消えない、研究所の薬品のような匂いくらいだ。
それだって、やっぱり兄さんとは違う。
1号は草木や肉や血の匂いがする。
違うんだ。

何よりも違うのは、1号は俺を求める。
俺の心も。
俺の体も。

やめてくれ。

心地よいと感じてしまうことが
いやなんだ。





−1号−

「1号」

短く、ひとことだけ。
二人きりになったときに、真っ直ぐにこちらを見てこんなふうに言うときは、そうなんだと解る。

最初の頃はホテルで一緒になったときくらいだった。
でも今では、冒険の途中、こんな危険なダンジョンに潜っているときでさえ、ふとした拍子に始まったりする。

相変わらずオレが雪を抱くことは無い。
でも時々だけど、雪が口でしてくれることがある。

「抱かれたら、殺しちまうかもしれないからな」

雪はそう言った。
月での出来事を考えれば、無理も無いのかもしれない。
雪はオレのことを殺さないと、言っているのか?


こんな風に言われることもある。

「おまえなんか都合の良い欲の捌け口だ」

決まってオレはこう返す。

「いいんだ
 オレは雪のことが好きだから
 雪に抱かれるのも好きだから」

欲を向けられるなんて、うれしいじゃないか。

オレがこういうと雪は激しく怒る。
バカだなんだと悪態の限りを吐く。
そしてひどく照れていることが、それを隠していることが、解る。



雪との付き合いは短く、長い。
雪のことは、雪が子供の頃から知っていた。
よく彼の兄について研究所に来ていた。
培養液の中から、研究室の中から、オレの目に移る世界とそこにいる人間たちは帝国側の者。両親の敵だった。
オレにも人権など無く、研究材料、実験体としてのみ扱われる日々。
だってオレは、怪生物なのだから。
でも、自分がなんのかも知っていた、オレは人間だ。
そう思っているのはオレ一人だけだった。
周り中が憎かった。
その中で雪だけは、研究員でも帝国に属する者でもない存在だった。
日々成長していく、小さな人間の子供だった。
幸せに育つ子供の姿を見て、嫉妬をしてもおかしくないのに。
そんな思いが生まれなかったのは、雪が初めてオレを見た時に言った言葉のせいだ。

「あのひとはだれ?」

幼い子供がこちらを指差して、兄にそう問うていた。


やがて雪も帝国の人間になった。
互いに憎しみあい、殺意も抱いた。
過去は決してなかった事にはならない。

でも、今は仲間なんだ。


あの頃はオレに向けられることの無かった
雪のさまざまな表情や、さまざまな感情を
今はオレに向けられることが
とてもうれしい。