最近、雪はオレの顔を舐めるのが気に入っているらしい。
 二人きりになるとされる事が多い。
 気になって聞いてみると、血管を舐めているんだと答えられた。

「おまえだなあって思って」

 確かに他の人間はオレの額や首筋のように目立って見えることは無い。
 人間らしくないところ…怪生物なところか……。
 雪はそんなに怪生物が好きだっただろうか。
 むしろ嫌いなんじゃないかと思っていた。

「だから言っただろう、おまえらしいんだって」

 オレの特徴として捉えてくれているようだ。
 雪の感覚はよく分からないけれど、うれしいことはうれしい。
 それから、浮き出た血管に舌で触れる感触もなかなか良いんだと言っていた。
 ……そんなに良いものなのだろうか。
 オレも試したくなったが、雪の額にはそんなものは無かった。
 他の人間も同じだ。

 額以外で体の他の場所は…と考えていたら、一つ思い出してしまった。
 つい、ストンと視線を落とすと雪に笑われた。
 きっと何を考えていたかバレてしまったんだ。

「ハハッ、おまえはデリカシーが無いことはよく分かったぜ」

 案の定だ。

「もっと他にあるだろう? 例えばこことか」

 そう言って雪は手の甲を差し出してきた。
 なるほど……骨の上を跨ぐ血管の青い筋と盛り上がりがあった。
 差し出された手を取って、甲に口を近付ける。

「ストップ!」

 唇が触れる前に止められる。

「ちょっと待て……そのまま動くな」

 なんだろう、オレは”待て”をされている犬か?

「目ぇ瞑れ」

「どうして」

「いいから!」

 なんとなく言われるままに目を閉じると、雪はオレに掴まれた手を少し下げた。
 それから何かがふわっと近付いてくる気配がして、鼻の頭と頬がくすぐられる感じがした。
 多分、雪の髪じゃないかと思う。
 そのすぐ後、上唇に丸いものが、下唇には細い刷毛のような細かい毛が押し当てられてそっと離れた。

「クッ……アハハッ、こっぱずかしいや!」

「もういいか?」

「ああいーぞ、もう済んだ」

 唇に触れたのは雪の閉じた片目……瞼だろうか。
 やわらかく温かかった。

「何をしたんだ?」

 雪は機嫌の良さそうな顔で、何かを歌うような調子で呟いた。

「その指を我が手の甲に。その瞳を我が唇に。」

「なんだ……?」

 何かの歌か、物語の一節だろうか。

「知らねえのか? SISTER」

「知らない……」

「学生の間で流行ってて歴史もあるってのに……
 まぁおまえが知らないのもしょうがないか。
 うーん、知らねえんじゃ話にならないな」

「気になる、教えてくれ」

「んー…そうだなあ……、
 SISTERってのは1対1の対戦型カードゲームだ。
 それで、デュエル開始時に宣誓の言葉を詠唱する。
 さっきのはそのひとつだ……あ、デュエルってのは対戦のことな」

「そうか……難易度が高そうだな。
 対戦の度にあんなことをするなんて……
 なかなか恥ずかしいと思うぞ」

 オレの言葉がおかしかったのか、雪はクツクツと笑い出す。

「しねーよ! 言うだけ!」

 笑われ続けているけれど、雪の答えにほっとする。

「雪はたくさんシスターをしたのか?」

「昔はそれなりにハマってた時期もあるぞ。
 ……やってみたいか、1号?」

「オレの考えていることをよく読めるな……」

 感心してしまうと同時に嬉しいことでもある。

「興味があるって顔に書いてある。
 っていうか元々好奇心が強いじゃねえか」

 一つ頷き、あらためて言う。

「オレもやってみたい、どうすればいい?」

「カードがなぁ…今は無ぇからまずは手に入れないと。
 やり込んでる同士だったらカード無しのエアデュエルが出来る奴も
 いるんだけど、そんなのはおまえじゃ無理だし。
 ……多分人が集まってるところならありそうだ、今度の遠征で探す。
 おまえもそれっぽいのを探しとけ」

「秘美に聞いてみるのは?」

「おー、それでもいいぞ。やってみろ」

 秘美か他の仲間たちにも聞いてみたい。
 雪と新たな約束をして、楽しみが一つ増えた。

「そうだ、その前に……」

 雪の手を取り直して、甲に口づけた。
 触れるか触れないかというところまで唇を浮かせ、皮膚の微かに浮き上がった部分を探す。
 片手をオレに預けたまま、雪は膝立ちになって視点を高くすると見下ろしてきた。

「これはなかなか……様になってる。
 1号、おまえどこの王子様って感じだぞ」

 なるほど、雪はそういうイメージを楽しんでいるのか。

「じゃあ雪は姫か?」

「…………おまえの発想は素直っていうか安直だよな。
 俺がどうしたら姫になる?」

 ノリに応えて姫になるのは無理か、あるいは嫌だったらしい。
 手を引っ込められそうになったので引き止めて、今度こそ青い筋に沿って舐めた。

「台無しだし」

 王子は姫の手を舐めたりはしないだろう。
 けれど、まんざらでもないという表情で雪は笑う。
 試してみると気付いた事があった。

「舌だと滑り過ぎて凹凸が分からなくなる。
 唇でなぞった方が感触が分かる」

「そうかよ。
 ま、俺の手とおまえの頭じゃ違うだろうし、
 おまえが気になるんならずっと気にしてりゃいいし」

「うん……」

 オレには感触が分かる程度で雪の感じているらしい魅力は分からなかったけれど、これはこれで楽しい。
 止める気も起きないので甲から指まで好きなように舌を滑らせた。

「なんか犬みてえだな」

 王子の次は犬か、忙しいな。
 犬の習性は知っているけれど、雪は蛇の方が嬉しいかも知れない。
 蛇は人の手を舐める事はあるんだろうか……。
 自分なりに考えた結果、薄い皮膚を吸って噛むことにした。

「痛てえっ!!」

 そんなに強くはしていないと思うんだが……

「止めろ加減しろ、跡つけたら殺してやる!!!」

 跡になってあまり怒るようだったらその時は……雪の手にテーピングをしてやろう。










REM - ! - pre


以下に余談反転

・学生の間でSISが…
タルタロのイメージより
宇宙的スタンダードな人気ゲームだと信じてます!

・SIS詠唱!
>ルールのトップに出てくるデュエルをしましょう
ロマンチックです