買出しの道すがら、ベガと雪と1号の三人は他愛ない会話をしていた。

「……だからさ、1号は反則的なんだ。
 明らかに重いだろ、なのに体の弾力は人間と変わらなくて…」

 話の流れから何気なく口にした言葉に、雪はハッとなって口元を押さえかけた。
 しまった…と思いながらも、なんとか堪えて不自然な動きにならないよう腕を下ろす。

「別にわざわざ触ってるわけじゃないからな」

 続けて言い放った言葉も、直後には当人ですらわざとらしさを感じてしまい、余計に気まずくなった。
 話し相手のベガはどうにも頬が緩んでいるようだ。
 焦って取り繕っているようにでも見られているのだろうか。

「私は何も聞いていないぞ?」

 余裕のある口調と笑顔。
 ベガの態度は雪の思った通りで、悔し紛れに低く唸って睨み付けた。

「そうだな、雪とオレの体を触った感じは同じだと思う」

 更に横から要らない相の手が入る。

「黙れこの馬鹿、死ね!」

 雪が悪態を付いた所で1号は顔色一つ変えない。
 雪には答えず、ベガをそっと見上げて話しかけた。

「雪の言うことはよく分からないな」

「おまえに言われたくねえ! 余計なこと言うからだろうが」

 遅れてベガも頷いて見せた、1号に向かって。

「ベガ、アンタまでこんな馬鹿と一緒になってんじゃねえよ!」

「確かに特異だが、エデン研の技術力だと思えば
 誇らしいことではないか?」

 ベガに穏やかな口調で話されると、雪はつられてしまう。
 口調だけじゃない、話す内容も静かに心をくすぐるのだ。
 雪は少しだけ落ち着きを取り戻した。

「うー…まぁ…母さんや兄さんは天才だから当然だけどな」

「怪生物ということだが、かなり人間に近いようだな」

「体のつくりは……そうだな。中身も、血だって赤いし味も人と似て…」

「飲んだことがあるのか」

「ヴァンパイアやってた時に誤ってちょっと……」

「何度もだ」

 1号の付け加えたひとことが癇に障り、雪はまた声を荒げることになった。

「はぁ? 誰が回数の話をした?
 俺は大して吸っちゃいないだろう、そう言うおまえは
 どれだけ俺を瀕死にしてくれたよ?この暗黒野郎が!」

「その時に謝っただろう、それにちゃんとかばった」

「いらねえよそんなマッチポンプは!」

「フ…」

 1号と言い争う雪の耳に、ベガの微かな笑い声が聞こえた。
 足を止めると二人も共に立ち止まる。
 何が言いたい?と振り返ると、ベガは雪の表情でそれを察したのか、小さな白状をした。

「いや、おまえたちを見ていると……心配が要らないなと」

「何ボケたこと言ってやがる」

「元気に喧嘩をしていても、
 私にはじゃれあっている程度にしか見えないからな」

「アンタから見たら俺達は小動物かよ!
 チクショウ、小物扱いしやがって」

「そんな事は無い、おまえたちへの信頼だ。
 もう一つ思ったんだが……」

 ベガはフム、と顎に手を当てて短く思案し、雪と1号の腕を掴んだ。
 彼のことを見ていたにもかかわらず、雪は一瞬肩を竦ませてしまった。
 1号は『なんだ?』という顔で掴まれた部分に視線を向けた。
 ベガは二人の肘の下から二の腕に掛けて、何箇所も確認するように握っていく。

「なんだよ、比較してんのか?」

 ベガは雪の腕を握ったまま手を止め、全身を見渡した。

「おまえは少し細いな」

「俺は普通だ。細いってのは兄さんみたいのを言うんだ」

 ベガは黙って首を横に振る。

「筋肉の質は決して悪くない…が、
 全体的にもう少しずつ付けた方が良い、よく食べるように」

「……はいはい、わかったわかった」

 常ならば反発するところだが、この話題に関してはベガなりのこだわりがあるらしいことを知っている。
 意地を張っても後が面倒なことになりそうだと雪は適当に返事をした。

「1号は……」

 雪の反応に満足したのか、ベガの視線は1号へ移っていた。
 ところが雪の場合と違ってすぐに意見を口にしない。
 1号は一見人間らしい肉体だが、人と同じように判断して良いのか迷っているのではないだろうか。
 腕だけでなく肩や背中、腹部も押して触り、全身をくまなく眺めてからやっと結論を出したようだ。

「問題ない、十分に良い体だ」

 どうやらベガは自分の感覚を頼りにしたらしい。
 それどころか、心なしか1号の体を惚れ惚れとした様子で眺めているようにさえ見える。

「そうか……」

 1号は表情を変えずに短く答えた。
 ベガの顔に向けていた視線を彼の首筋、肩、そして上半身へと移動させる。
 そこで留まり、しばらくしてからぽつりと呟いた。

「ベガの体を見たい」

「ああ、いいだろう」

「あ?」

 あからさまに怪訝な声を出した雪に構わず、ベガは躊躇い無く上着とシャツを脱いだ。それらをまとめて雪に預けてくる。
 雪は呆れて溜息を吐きながらも、腕の中に軽く押し付けられた服を落とさないよう受け取った。

「こんな所でいきなり脱ぐなよ…」

「人通りは無い、それに1号だって元々着ていないぞ」

 人目が無いといっても、ここは往来だった。

「こいつはいいんだよ、いつもこれだから。
 アンタに脱がれるとナンカ目のやり場に困る……」

 二人の会話を気にする風でもなく、1号はベガの胸から腹部を凝視し、ひとつ頷いた。
 ベガが1号へと向き直った後一呼吸を置いて、バシン…!と小気味好い音が高く響いた。
 1号がベガの割れた腹筋へ拳を叩き込んでいた。
 拳をぐっと押し当てたまま再び何かを納得したように頷き、ベガは気分が良さそうに微笑を浮かべていた。
 一連の流れを雪は黙って見ていることしか出来なかった。

「やっぱりかたいな……
 もうドラゴンじゃないのに、人なのに、倒せる気がしない。
 良いな…ベガの体……」

「帰ったら一緒にトレーニングをするか?
 いくらかアドバイス出来ると思うぞ」

「頼む」

 1号の表情はいつも通り薄いが、かなりわくわくしているように感じられた。

「よし」

 ベガも頷き、にこりと笑う。1号は雪へ顔を振り向けた。

「雪、帰った後は暇だよな?」

「は? 俺が、なんで?」

「雪も一緒だ」

「おまえも面倒を見るぞ」

 1号とベガと二人がかりで雪に誘いをかけてきた。
 とんでもない、間に合っている。

「勝手に混ぜるな、二人で好きにやってろよ」

「そうと決まればいりそうな物を調達していくか、
 運動に関してはあるもので足りて…………タンパク質と……」

「話を聞けよ!」

「肉か?」

「そうだな、新鮮な肉がいい」

「なら今から狩りに行こう、まだ日が高い」

「どこがいい?」

「けもの鉱脈はどうだ?」

 雪のささやかな抵抗は無視され、3人でトレーニングするという方向で勝手に話が進んでいるようだ。
 けれど……
 ベガが楽しそうにしているから良いか。
 そう思って雪は狩りまでは付き合ってやろうと心を決めた。











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