昼も夜もわからぬような薄闇の中、硬いドルバン鉱の床の上に二人はじっと横たわる。
 雪は表情を苦痛に歪ませ、呻き声を漏らしていた。
 それはとぎれとぎれに続き、徐々にひどくなっていった。
 1号はそろそろと身を起こし、雪の顔を覗き込む。

「雪、どこが痛むんだ、どんな風に痛むんだ?」

「起き上がるな」

「これぐらいなら大丈夫だ」

 雪は1号を見上げ、口を何度か開いたが、声を出さなかった。

「喋れるなら言ってくれ、雪」

 言っても楽になるわけじゃない、意味の無いことだ。
 そう思うと答える気にはなれなかった。しかし1号は食い下がる。

「苦しいんだろう、我慢しているのは辛い。
 声を上げたいなら上げればいい、
 少しでも気が楽になるかもしれない。
 それに話していれば、それだけ気が紛れるだろう」

 はぁ……と、雪は深い溜め息をつく。
 しゃべるのにも体力が要る。
 しかし、痛みから気が逸れるかもしれない。
 なおも1号は必死な様子で身を乗り出してくる。折れて雪は答えた。

「足と、腕と……体中……」

 1号は真剣に耳を傾ける。

「体の内側が……骨が……痛い」

 対策は無いかと、1号は問い掛ける。

「今までに経験したことがあるような痛みか?」

「多分、炎症を起こしてる。あと……内側から嫌な音がして……
 これは……あれに似ているかもしれない……」

「あれ?」

「……成長痛」

 1号ははっとして雪の全身に視線を滑らせる。
 雪も気付き、表情を変える。
 その途端、背に腕を回され、上半身を持ち上げられた。
 雪の体を起こそうとしているようだ。

「何……すんだよ」

「確かめたいことがある、立ち上がってくれ」

「おまえ……まだ動ける体じゃ無いだろ!
 体に力入れんな、傷口開いて中身が出るぞ!」

「いいから! 起き上がってそこに立て」

「なんだっ……てんだよ……」

 気迫に押され、雪は膝を曲げて立ち上がろうとしたが、バランスを崩し思うように行かない。
 そんな雪の体を1号が引っ張り、立ち上がらせた。
 1号が力を使う行動をしているのはわかっていたが、今度は黙っていた。
 ――人が心配してるのに、勝手にしやがれ
 という気持ちと、もうひとつ。
 1号の確かめたいだろうことに雪も興味があった。

「背筋を伸ばして……」

 両脇を支えられ、重い体をゆっくりと持ち上げるように、直立の姿勢をとる。
 目の前で同じように姿勢を正して立つ1号は、雪を見上げて顔を輝かせた。

「雪、助かるぞ! 生き残れるんだ!」

 雪も1号を見下ろして答えた。

「ああ……」

 1号は雪の体のあちこちを確かめるように触り、その瞳に希望の光を宿らせた。

「体が大きく変化するんだ、メタモルフォーゼする、命が助かる!」

 1号の言う通り、雪の骨格が変化していることは明らかだった。
 少しだけあった身長差が、少しだけ逆転していた。

「……ったく、騒ぎ過ぎだ。
 ベガの言ったとおりになったってことじゃねえか。
 メタモルフォーゼが始まった、それだけのことだ」

「雪、それだけじゃない。ベガの話を覚えているか、三つの可能性を。
 メタモルフォーゼが始まった、それは始まらずに死を迎える可能性が
 消えたということだ」

「何も変わらない可能性も消えたな。
 まぁ、こんな状態になって期待なんかしちゃいなかったが」

「雪は、助かるんだ」

「一体どういう姿になるかわからなくてもか?
 変異するのにどれだけ苦痛にまみれてもか?」

「そうだ、それでも生き残れる方がずっと良い」

 1号の答えは期待通りで、雪は痛みに顔を強張らせながらも満足気に笑う。

「不幸中の幸いか……」

 1号の前で不幸という言葉を口にして、心に些細な引っ掛かりを感じた。
 しかし、もう言ってしまった。
 ――いいじゃないか、俺だって苦しいさ
 などと言い訳めいたことを心中で零し、気を取り直す。

「生きていれば何だって出来る……ってことだよな」

 自分に言い聞かせるように呟き、雪は1号の肩に手を置いて、座るように促す。

「雪……」

「1号、確かめて、気は済んだろ……立ってるのは辛いんだ」

 そう言われて、1号は雪と共にゆっくりとその場に座り直す。
 その動作に膝が震えて、雪はまた支えられた。

「まだ絶対に大丈夫ってわけじゃ、ねえけどな……。
 体はこれから劇的に変化するだろうし、
 それに耐え切れるかどうかわからない。
 そこをクリアしたって、今の俺たちじゃ対抗できないような
 敵の襲撃に遭う可能性もある。うれしくない話だがな……」

 慎重に過ぎるかも知れないが、最悪の事態を想定することも必要だと雪は考える。

「大丈夫だ、雪は生きてやりたいことがあるだろう、だから大丈夫だ」

 そうだ、回復して一刻も早く兄さんの元へ駆け付けたい。心が逸る。

「それに、オレが戦って雪を守る、だから大丈夫だ」

「そんな体でよく言うぜ」

「オレは回復する、だから雪も大丈夫なんだ」

 根拠も不足しているのに、大丈夫だと馬鹿みたいに何度も繰り返す1号の言葉は心地良く、思いがけず雪は励まされた。
 なんて力強く不安を否定するのだと。
 こいつは思ってもいないことを言うような奴じゃない、おしゃべりでもないから無駄なことは言わない。
 だから、こいつの言葉が心に響くのか。
 ――そうだな、二人なら……二人とも、生き残れるかもしれない

「そんなに嬉しいのかよ、1号」

 雪は意地悪く笑いながら、少し皮肉を込めて言う。
 俺がこんな目に遭ってるのに、おまえはそんなに喜んでいるのかと、暗に思いを忍ばせて。

「言った筈だ、雪のことを失いたくないって」

「……」

 返す言葉が思い浮かばず、結局何も言えなかった。
 思うこと、言いたいことは後から山のように出てきたけれど、もう遅い。
 悪くない……とだけ、その時の感情の落としどころに選んだ。

 1号との会話と、死を免れる可能性が大幅に上がった大きな発見に、雪の感じる体の痛みが少しだけ遠ざかっていた。










REM - !




余談(反転)

地球塔二人ぼっち
RSで遊び始めた当時、序盤からもやもやと妄想をしていたのですが、妄想文らしきものを書いたのはこの場面が最初でした
出発点みたいなもの・・・かな
ゲーム冒頭から白川兄弟が気になり、月では雪と1号が気になり、そしてここ(地球塔200階)です
プレイ当時、この話に差し掛かる少し前(月の後)に調査書を読んだので、その影響もあったかも知れません
今回は、あらためて地球塔の夢を書いてみました
(同じ場面に対して)いくつもある夢の一つです

・・・本当に私は、雪と1号が好きですね

今回のを書くのに色々考えたのですが、冗長かと思いざっくり削りました
その辺りを、blogの記事(←リンク)で書いております