歩き出そうとしたところで不意に手を掴まれて雪は振り返る。

「どうした?」

 柔らかな表情で1号は答える。

「殴る蹴る以外の触れ方があるって思ったんだ」

「はぁ?」

 また唐突に訳のわからないことを言い出した……と雪があきれるうちに1号は正面から雪を抱く。
 そのまま背中や首筋をぽんぽんと軽くたたいたり撫でたりしはじめる。
 雪はそれを突っぱねるのが遅れた……どころか、1号の肩に頬を擦り付けるような仕草をしている。
 体が勝手に、というよりも寧ろ自然にそんな動きをしたことに雪自身が驚いていた。

「手触りが変わってもやっぱり雪だな……」

 穏やかで嬉しそうな声音で1号がつぶやく。
 それどころではなく、雪は自らの振る舞いが余りにも気まずく動揺が声の震えとなってあらわれた。

「何……やってんだバカヤロウ」

「雪……?」

 まだ動き出せずに雪は言葉を返す。

「俺は誰ともこんなことをする気は無いんだ」

 兄さん以外とは……と雪は心の中でだけ続けた。

「こんなことってどういうことだ?」

 1号は雪の首の辺りを撫でていた手を頭へと滑らせて、髪に触れる。

「今、おまえがしてるみたいにくっついたり触ったりってことだよ!」

 雪が何故そんなことを言うのかわからない、というような表情を1号はする。

「くそっ……」

 雪は1号だけでなく自らに対しても苛立ちを覚える。
 優しく撫でる手のぬくもりをおぼろげに覚えていた。

(メタモルフォーゼしていた間に俺は何をやっていたんだ……こいつと)

 変化したばかりの頃だろうか、その前後のひどい苦しみのさなか、回復しつつある1号が雪の身を案じてずっと体を撫でて励ましてくれていたような気がする。
 1号の手はその時の雪を支える雪以外の大きな存在だった。
 旅と戦いを再開してからもその手は在り続け、雪もそれに喜びを感じていた。

 思い返して雪はなんともいえない気持ちになった。
 そして今こうしている時間が長くなるほど離れ難くなっていくことが容易に想像できた。
 既に自分にとって良いものだと認識してしまっている以上、抗うことは困難だった。

 ふと、1号が少しだけ体を離した。
 雪が安堵したのも束の間、1号の手が雪の頬に触れてなでた。
 その途端、雪はぐっと胸が詰まる思いがした。

(だめだ、これ以上は本当にまずい!)

 目の前の事象が心地良くとも、貫きたい意志がある。
 自分には兄だけでいい。
 すぐにでも離れて1号とは今までの距離に戻りたい。
 しかし自ら手放すのか……と気持ちが揺らぎ思い通りにならない。
 或いはもし1号がまた触れてきたら……そんな風に考えてしまい、それが不安なのか期待なのかもう解らなくなった。
 とにかく動くしかないと心を決める。

 そして雪は1号を突き離すべく腕に力をこめた。










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