雪と1号の二人でパーティーを組んで遠征に出た帰り、本拠地から離れた地に来ていたこともあり、宿に泊まろうという話になっていた。
 会話の始まりはいつも通りのやり取りだった。これからの行動予定を確認する、それだけのもの。
 一仕事終えた達成感とダンジョンを抜けた解放感。気を緩ませつつそんな気分を味わうささやかな幸せのひと時は、たった一言であっけなく終わりを迎えた。

「ホテルに泊まりたい」

 1号が淡々と、そう言ったのだ。
 細く鋭い緊張が走る。

(意味わかってんのか………?)

 意味をよく知らなければいい、今まで二人で泊まったことはなかったし、自分と一緒という状態で言い出したくらいだから分かっていないんだろう、そんな風に考えようとした。
 仄かに頬が熱くなったような気がしたが、そんな筈はないと急いで否定する。
 資金はダンジョンで獲得したばかりで余裕があった。説明して変に意識するのも嫌だった。
 結局雪は提案を飲むことにした。





   ◇





 チェックインを済ませてしばらく後、1号に迫られているというこの現状………
 仰向けに押し倒された雪の上に1号がいる。
 なんてザマだ、なんて体勢だ、と思っているのに目の前の怪生物を押し退けないのは何故だろう。
 自覚する表層意識としてはうんざりだという感情でもって対話を試みる。

「おまえ、ここの意味わかってたのかよ」

「ああ……………」

「なんだって俺なんだよ」

「雪とずっと一緒にいたから……」

「おまえが大事だ好きだっていうのは仲間なんだろ、lukaとかベガとか」

「みんなのことも好きだ」

「じゃぁそいつらとすればいいだろ」

「雪のことだって……………
 やっぱり一番ずっと一緒にいるのは雪なんだ、雪がいいんだ」

 確かに雪も1号と随分長く共に旅を続けている。
 今回の一連のことが始まるよりずっと前から縁があったのも事実だ。
 そして互いが敵ではないという認識を共有して信頼関係のようなものを築いてからどれだけの月日が流れただろう。
 それどころか、今じゃ旅や戦いにおいての良い――と認めるのは癪でもあるが――相棒だ。
 望んでこうなったわけじゃなかったが…………

 考えを巡らせるうちに1号の両腕が背に回され、引き寄せられる。
 その途端、それまで意識しないようにしていた自らの鼓動が耳障りな程に体内で強く響くのを雪は聞いた。
 ひとたび自覚してしまうと、いっそう脈が強く打つように感じる。

「近付き過ぎだ……、調子にのるな…………」

「雪ともっと仲良くしたいんだ」

 動悸を抑えようとしてもかなわない、もどかしいながら切り返す。

「もっとってなんだ、過去と比べれば今は十分過ぎるくらいだろう」

「いつのことだ?」

「もう忘れたってのか、さすがだな
 殺すだの銃で撃つだのしてただろう」

「その頃か…………」

「あの頃とは大違いってことだ、だから……百歩譲って……
 たとえばここで一晩一緒に眠って過ごすとかじゃダメなのかよ」

「それじゃいつもと変わらない、雪とはいつも一緒に寝てる」

「嫌な言い方をするな!!!
 大勢で一緒だろ、二人の時だってそういうんじゃなくて……」

「そういうのってなんだ?」

 雪は一気に顔から耳まで熱くなるのを感じ、赤くなってしまってはいないかとひどく焦った。どうにも1号のペースにのまれているようでつらい。抱き付かれていて体も熱い、堪え切れずに1号の肩に手を掛けて押し上げる。

「もう退けよ!」

「いやだ」

 1号の重さと力のせいで思うように距離を取れない。

「この馬鹿力が……」

 雪が相手を押し退けられないのは彼我の力の差ではなく、自分が思うように力を出せないからだと悟ることは難くなかった。

(しょうがないじゃないか、
 俺だって別に嫌いってわけじゃ………………)

 自らの言い訳がましい思考に気付きはっとする。

(何考えてるんだ! 何がしょうがないんだ!!)

 雪は思考を矯正しようとした。しかし続いた1号の言葉にあっさりと掻き消された。

「さっきまでは雪に触れられればいいと思っていたんだ、
 でもこうして触れたらもっと近付きたくなった」

 1号の決して豊かとは言えない表情が目の前にあったが、熱で瞳の様子が少し変化しているのが雪にはわかってしまった。
 雪もこれまでの経過で心が上擦るような、僅かな喜びと期待が生じてしまっている。自覚したくはなかったが、もう無視出来るレベルではなかった。

「雪………………」

 名を呼ばれて、その声が頭の中で響く。
 軽く目を伏せ、自分に言い聞かせるように雪は口にする。

「………………ここなら誰も見てないよな」

 視線を上げて1号の瞳を見据える。

「いいぜ………………ただし約束しろ、絶対誰にも言うなよ」

「雪とのことをだな」

「ここに泊まったこともだ」

「わかった、誰にも言わない」

「復唱しろ、1号、『絶対誰にも言わない』」

「絶対誰にも言わない」

 1号は真剣にオウム返しする。

「よし…………」

 許容してしまったもののどうしたものかと考えかけたが、あまり意味のないことかと雪は思考を打ち切った。










REM - ! - pre




余談(反転)

ロケーションはホテルに限らず  キャンプだっていつだって  できますね
もしキャンプの度にこういうことが繰り広げられるとしたら親密度はさぞや上がることでしょう……

相棒云々は私の個人的な妄想です
ずっと一緒のパーティーでプレイしていたので、親密度が高く協力技は出るし、加勢したり癒したり、もう仲良過ぎです

RSゲームでのお話
親密度Maxの状態でもホテルでは険悪とか気まずいとかよく出ます
雪のツンと想像したり、痴話喧嘩とかなのかなと考えるのも楽しいです

以上、そわそわする雪を書きたかったというお話でした