Rさんの今日のお題は
終焉(自給自足)
平 雪絵(その炭鉱の名は。)
『ノーネームワールド』
です。
https://shindanmaker.com/592166
「紗智を取り戻して、帝国の目が届かない所まで逃げられたら、
おまえはオレの機能を停止して処分していい」
「………なぜ今そんなことを言うんだい?」
「前から考えていた……おまえにはその資格がある。
紗智が戻ってくればオレの役目は終わりだ」
重い沈黙に支配される。
しかしこの状況から逃れられない。
無人島で何度目かの遭難をした終焉は3日ほど経過した頃、眠りに落ちたのか意識を失ったのか……気が付いた時にはコールドに背負われて山を降りていた。
動く力は残っていない、しゃべるのがやっとだった。
最初は地理に強い天が捜索に向かおうとしていたことや、ミイラ取りがミイラになっては困るから頑丈な自分がとコールドがその役を買って出たこと、そんな話をぽつぽつとしていた矢先に突然の発言だ。
言葉を探そうとするが、体が重い。力が出ない。頭も回らない。
意識を保とうと顔を上げると、一歩踏み出すごとに頬をかすめる淡い緑の髪が美しかった。
新品の人形のようにまっすぐに光を弾く。
どこかの元科学研究所副長が手入れを欠かさないのだろう。
「仮にそうしたいと思って、実際にしたら天は悲しむだろうね」
「オレはただの人造生物だ」
コールドは淡々と否定する。
「友達思いなんだな……」
黙していると言葉は続く。
「人間は家族が大事なんだろう。友達とどちらがより大事なんだ」
「それを言ったら、天の行動にはどう説明をつけるんだい?」
コールドは表情を若干強張らせたようだ。
よくは見えなかったが、そんな気配がした。
「どっちも大事だし、どちらかは人によるよ」
背中から落ちないように腕に力を込め直す。
「でも今は、生きてる奴を優先したい」
「そうか………」
またの沈黙の中、見知った道に入って安堵感が増していく。
「オレには家族がいない、理解が及ばない。すまない……」
「確かにキミに血の繋がった家族はいないけれど、
天は家族のようなものじゃないかい?」
「そんなふうに考えるのか?」
「生きているからね」
「なら、オレを造ったハルや研究所の職員たちもそうなのか?
天は一番面倒を見てくれた。
それから……ジスロフも怪生物の開発に熱心で
よく研究所に顔を見せていた……」
「天は初めての人型怪生物担当になったって張り切っていたなぁ。
ジスロフは、直接育てはしないけれど
働いて養育費を賄う親みたいなものか」
「ジスロフの指示がなければオレは存在していなかっただろうが……
裏切られた」
「向こうはそうは思っていないだろうね、これっぽっちも」
「ああ……分かってる。だからオレはすぐに天について行くことを決めた」
「そういえば天もジスロフの后だったね。
今は離縁されているかもしれないけど、法の上じゃ立派に家族だ」
「あれは勝手にされたことだ」
「おや、機嫌が悪いね。怒っているのかい?」
「別に…………っ、しっかりつかまってろ」
段差を軽々と飛び降りる。
怪生物の身体能力は本当に素晴らしい。
恐らくコールドの中に、ジスロフへの嫉妬があったのだろう。
終焉もかつては嫉妬が胸の内で渦巻いていた。
紗智と結ばれた輪廻へ。
輪廻と結ばれた紗智へ。
まだ十代半ば、周りの連中は遊んでいるような年頃に輪廻は早々に結婚を決めた。
紗智を特別に思っていた終焉は一時失意に陥ったが、他ならぬ輪廻兄さんならばと受け入れられた。
他の誰にもとられることは許せなかった。
まさか輪廻まで失うことになろうとは――
コールドの罪悪感は理解しているが、終焉の気持ちを慮っているのだろうが、そのために目的を見誤ることはあってはならない。
「人間たちは複雑だ。
オレまで…………ジスロフのことを完全に割り切れていない……」
声音から伝わってくるものは、苛立ちというよりもやるせなさの方がふさわしかった。
この島に来て以来、彼自身の今までを振り返り、ナナの存在にも強く影響を受けているのだ。
終焉にはそう見える。
「ハハッ、すっかり人間臭くなったね。
今の話を全部天に聞かせてやるといい」
「こんなこと言えるかよ……」
気まずそうに顔をそらす。
天相手だからこそ、思っていても言いづらいことはあるのだろう。
「それで、俺に甘えてこんな話をしているのかい?」
「動けも帰れもしなくなっていた奴なんかに甘えるか。
オレは救助に来ただけだ」
「ああ、とても助かっているよ。また一つ借りができたね」
「借りだとか、そんなこと考える必要はない」
もしコールドが助けに来て、時既に遅しだったら……彼はどんな思いを抱えただろう。
自然に会話が途切れて、通い慣れた林の中をおぶわれたまま黙々と進んだ。
鳥のさえずりや温かな風に、次第に眠気に誘われる。
動きの鈍くなった口を開き、緩慢に声を出す。
「さっきのこと、すべてが終わったら、その時になったら考えるよ。
それまで生きていられればね……」
二人でいる今のうちに言っておきたかったのだ。
はぐらかしたままにしたくない、そんな気分だった。
最後の一言は余計だっただろうか。
弱気に過ぎるかも知れないが、遭難で疲弊しきっていたせいなのだろうということにして、言い逃げるように瞼を閉じた。