【★】1号は、雪が他の誰かと島を出て行ってしまい、自分が置き去りにされてしまう夢を見たと言ってべそを掻いています....
   1号に、そんなこと絶対にしないよ、と何度も言ってあげた....





「雪……」

 それはどこか弱々しい声だった。

「やっと起きたか。おはよう、1号」

 窓からは白い朝日が差し込んでいた。
 既に起床して着替えも済ませていた雪は、1号のベッドの傍らに立ち、何とはなしに見下ろした。

 そのまま待つことしばらく。

 1号は起きない。動かない。
 まぶたはしっかりと開かれて雪の顔を見つめている。

「まだ眠いのか?」

 答えはない。

「調子でも悪いのか?」

 1号の右手がそろそろと上がる。
 様子が気になって雪が屈むと、腕を掴まれた。

「雪」

「なんだ?」

 腕を引かれ、雪はベッドの端に腰を下ろす。
 すると確かめるように、1号は雪の肘、二の腕、肩と、順に手を置いていった。
 横になったままでは、届く範囲はそこまでだった。

「雪だ……よかった……」

 そう言うと、1号の瞳の端から涙がこぼれた。
 すっと顔の上を流れていく。
 腕は力が抜けたように落とされた。

「おい、おまえおかしいぞ! どうしたんだよ!」

「ほっとした……」

「だから、何が! わけわかんねえ」

「夢を、見た。雪が誰かとこの島を出ていった。オレは、置いていかれた」

「ひどいな」

「ああ、夢だった。よかった……」

「そりゃあよかったけど、泣くほどかよ」

「泣くほどだ。もしそんなことになったら、悲しい……」

「まぁ、こんな無人島で一人になったら心細いし困るよな」

「違う。雪がいなくなるのが嫌なんだ」

 相変わらずの1号のストレートさに、雪はなんとも言えない気持ちになる。

「ガキかよ。最近よく泣くし、ほんと些細なことばっかだよな」

 今朝のような夢見の悪さ、囲碁で負けた、海で溺れた、等々。
 様々な理由で頻繁に。
 1号は1号であり、決して人が変わったということではないのだが、とにかくこのところ感情豊かなのだ。

「雪だって近頃は……いや、前からよく泣いてるな」

「泣いてねえだろっ!」

 過去に人目を忍んで涙していた姿を見られたことがあるのだろうか。
 雪は焦り、話題を変えてやろうと言葉を探す。

「ところで……夢の中の俺は誰かと出て行っちまったんだってなぁ。
 誰とだよ?」

「…………分からない、はっきり覚えていない」

「誰だろうなぁ? 兄さんが迎えに来てくれたら迷わず出ていくけどな!」

 その光景を思い浮かべたのだろうか。
 1号はぼろっと涙をこぼした。
 今度は雪は驚かず、さも可笑しそうに笑ってやった。

「まーた泣いてやがる!」

「雪は、そうするだろうと思ったから……」

 合間合間に鼻をすすりながら話す姿は痛々しいが、やはりおかしい。

「幸いそうなったらおまえも一緒だ。一緒にこの島を出ていくんだ」

「えっ……?」

「いい加減、夢から現実に戻ってこい。
 おまえ、俺をなんだと思ってるんだ……おいてくわけねえだろ、
 だいたいそんな夢見るなんて俺に失礼だ」

「うん…………絶対に一緒だ。頼む……」

「はいはい、絶対な。分かったからそろそろ起きろ、朝飯用意するから」

 目もとと鼻の赤くなった1号を残し、雪は台所へ向かった。






 今朝のメニューは温かなキノコのスープと炙った草餅だ。
 毒に当たらないことを願おう。

 二人で食卓を囲み、雪は切り出す。

「なぁ、1号。さっきの話」

 餅を頬張りながら、1号は顔を上げる。

「脱出については計画通りだ。
 一人で出ていくとか、置いてったりなんかしねえよ。
 ただしな、突然いなくなるってのは無い話でもないぜ」

「どういうことだ?」

 1号は不安そうに聞き返す。

「そもそもこの島に来たのだって突然だっただろう?
 いつまたどっかに飛ばされるか分かったもんじゃねえ」

 複雑そうではあるが、1号は黙って頷く。

「あとは……例えば遭難か。
 この島全部は調べきってないし、まだ踏み込めない場所もある。
 姿が見えなくなったら異常事態だと思え。
 そんなヘマする気はねえけど、万が一、俺がいなくなったら………探せよ」

「絶対に探し出す。雪も、オレがいなくなったら探してくれ」

「……いいぜ、おまえがいないと困るし」

「ありがとう」

 真っ直ぐな視線と言葉に、雪はなかなか耐えられない。

「そうだ、おまえだっていなくなる可能性はあるんだ。
 事故にしろ、故意にしろ。
 そういや、おまえは逃げるのが得意だったよな」

 1号はピンとこないようだ。

「脱走前科持ち」

 わざとらしく指さしてニヤリと笑う。

「あぁ……それは、過ぎたことだ」

 穏やかで、たいして気にもしていないような表情だった。

「どうしてそんなに神経が太いんだか」

 皮肉も通じないと、雪は呆れ気味にぼやく。

「怪生物だからか?」

「さぁな。俺は怪生物じゃないおまえは知らねえよ」

「怪生物じゃないオレか……」

 1号は考え込む風にして、手と口が止まってしまう。

「ごちそうさま、っと。ほら、食ったら仕事だ。
 今日もやることは沢山あるんだからな」

「ああ……」

 1号が食事を再開するのを確認すると、雪は自分の食器を手に席を立った。











REM - !