週末の朝、天伊優香はプールに遊びに行った。
 いつもの二人から水着姿を賞賛されて、周りじゅうの視線を集めて、機嫌良く帰ってきたのはお昼を過ぎた頃だった。
 家の前の通りを歩いていると、突然ピンクの自転車が現れた。

(明日香! なんでこんな所にいるのよ!)

 咄嗟に物陰に身を隠した。
 自宅の駄菓子屋に入る姿を見られるわけにはいかない。

(野暮ったい紺の無地のワンピース……地味女にはお似合いね)

 様子を窺っていると、彼女は三軒先の花屋で菊の入った小ぶりな花束を二つ買った。
 自転車のカゴには大きな手提げ袋が積まれていた。
 そういえばこの道のずっと先には広い霊園があった。

(そっか、アイツの父親は……もうそんな季節か……)



 一旦自室に戻って荷物を置くと、頃合いを見計らってまた表に出た。
 しばらく歩いて、出来るだけ家から遠ざかる。
 丘の方を見渡すと、陽炎の立ち昇るアスファルトの向こう、緩やかな下り坂をアイツが降りてくる。
 近付いてきたタイミングで路地から飛び出し、道の真ん中で腕を組んで立ち塞がった。

「大空明日香!」

「わああっ!!」

 悲鳴のようなブレーキの音を立てて自転車が止まる。
 ひどく驚いた間抜けな顔が目の前にあった。

「マックに行くわよ」

「えっ……どうしたの、急に?」

「暑いからアイスコーヒー飲みたいの、付き合いなさい」

「……うん」

 明日香は自転車を押して黙ってついてくる。
 そう、それでいいのよ。
 取り巻きはどうしたとか、マックだなんて珍しいとか、余計なことは喋るんじゃないの。

「私はシェイクにしようかな、ストロベリーの」

「相変わらずね」

 ピンク色の冷たくて甘いもの。

「あ、ポテトも食べたいな」

「好きにすれば」

 せいぜい脂肪を身に付けるといいわ。
 夏の日射しは痛い程だったけれど、風が通り抜けて気分は良かった。




 ――その日のQTの日記には、こんな一文が記されている。

 『今年の誕生日はSTとマックへ行った』と。





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