REM - ! - pre - 湯船嫌い(1)
「疲れた、おまえ先に風呂入っていいぜ」
部屋についてすぐに、着替えるのもそこそこにベッドへ体を投げだし横になる。
大分疲労が溜まっていて休みたかった。
そのまま風呂場の水音を聞きながらぼんやりしていたのはほんのわずかの時間だろうか。
濡れた髪にタオルを被って1号が出てくる。
「早かったな、あっという間じゃないか
じゃ……、俺も入るか………」
動くのは億劫だったけれど体が汚れたままというのも気持ち悪いと、浴室へ向かった。
「おい、お湯入れなかったのか?」
「湯船に浸かるのが好きじゃないんだ」
そうだったか?と記憶を軽く探るがよく覚えていない。特に関心は無かったらしい。
「へぇー、そうか」
適当に相槌だけ打って、バスタブの蛇口をひねってお湯を注いだ。くちきりいっぱいまで満たそうと。
その間に頭と体を洗い終えて、それでも更に時間が余ったから湯舟に浸かりながら注ぎ続けた。
騒がしい水音さえ心地良く感じながら濡れた前髪をぐっと額から頭頂部に向かってかき上げる。
ほどなくしてお湯の量に満足したので蛇口を止める。
急に音が無くなるが、それはそれでリラックスする。
体にたまっていた疲労が湯船にすーっと溶け出していくような感じがする。
ひろい湯船に浸かって気分が良くなったせいか、ふと気まぐれが起きる。
「1号ー」
少し間をおいてから数歩の足音が聞こえた。音から察するにさっきの自分と同じように横になっていたらしい。
呼ぶのに応えてひょっこりと浴室に顔を覗かせる。
「もう一回脱いでおまえも入れよ」
「いや、やっぱり湯船は……」
「俺が入っててもか?」
少し思案したようだが、顔を上げて返事をした。
「……………雪が一緒なら、入る」
1号が湯船に身を沈めるのに合わせてざばざばと音を立ててお湯が溢れる。
「風呂に入るときのこれ、お湯が盛大にこぼれるのって気持ちいいだろ」
「オレはよくわからない」
そう言いつつ1号は隣に並んで、自分と同じように浴槽の壁に背をあずけて座る。
「けっこう深いな……」
水位は二人が座って入って首の辺りまでだ。
顎や口元まで迫るわけでもないのに、落ち着かない様子を見せる。
それがなんだかおかしい。
「1号、こっちこいよ」
呼びかけに1号は水を掻くようにそろそろと近づいてくる。
と、肩を不意打ちで掴んで、そのままお湯の中に押し付けてやる。
頭のてっぺんまで全部お湯の中に潜らされた途端、1号は激しく暴れて水の上に顔を戻し、膝立ちになって息を荒げる。
ちょっとからかったつもりがいつに無く慌てた様子を見せられ少し驚く。
「いやだ………………いやだ、雪、やめてくれ」
小刻みに深い息をしながら小さな声で繰り返す。
「そんなに苦手なのか」
「昔の水槽を思い出す、水槽から出されて、そしてまた戻される時のあの水が満たされていく感覚……」
「わーかった、悪かった」
返答に1号はとりあえずの落ち着きを取り戻したらしく、再び座って首元までお湯に浸かる。
「1号、もっかいこっち来てみろよ」
あからさまに訝しむ表情を見せる。
「もうさっきみたいのはしねえから」
「本当だな?」
念をおして再びそばによってくる。
すぐ目の前まで来た1号に自分のひざを指さして「ここにすわれ」と注文を付ける。
どうしたものかと迷っている風だったから腕を引いて、自分の勝手のままに座らせる。
「むこう向け、そう、俺に背中を向けて」
言われるままになりながらも聞いてくる。
「これでいいのか?」
「ああ、あとは背中預けていいぜ、自分で支えようとしなくていい」
先程のことを思い出してか、少々恐る恐るといった感じで寄り掛かってくる。
膝を立てると1号の体はいとも簡単にふわりと浮いた。
「うわっ」
「ハハ、軽いなー
水ん中だったらこんなことも楽に出来るんだぜ
おまえ重いからな、風呂以外じゃぜってーやんねー」
「雪………………」
1号の胸の前で軽く両手を組んで、それとなく支えていた。
しばらく会話は途切れたが、適度な重みと少しさめて適度になった湯温とを味わい、心も体も緩んで心地よい時間だった。
「そうえば雪、さっきより水面が下の方になって楽だ
もしかしてこのために?」
「俺がおまえにそんな気なんか使うかよ」
「それもそうだな」
小さな微笑が聞こえた。
「でも、少しだけお湯に浸かるのが嫌いじゃなくなった」
「ちょっとだけかよ」
1号は振り返り、唇にそっと重ねるだけの口づけをしてきた。
触れた途端に離れる、ほんの一瞬のこと。
あまりにさりげなくて、驚き、嫌悪、嬉しさ……のような感情や、なんら感慨も起きなかった。
なんと切り返すか思案していたら1号が先に口を開いた。
「うれしかったんだ、ありがとう」
つづき →湯船嫌い(2) (R18)